定年説をめぐって — 1.ミームの濫用

Hajime Morrita
To Phantasien
Published in
5 min readFeb 7, 2017

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35歳定年説をめぐる言説がずっと嫌いだった。気になる話題だけれど、その語られ方が好きになれない。

35歳定年(限界)説には大きくふた通りの解釈がある。ひとつ目はプログラマのキャリアにおける「ガラスの天井」が35歳にあるというもの。管理職にならないと給料あがらないとかそういうの。ふたつ目は加齢による衰え。つまり「老衰」のせいで業界の変化についていけなくなるというもの。××おじさんみたいな話。

前者、ガラスの天井バージョンが発祥の言葉だと自分は理解している。このガラスの天井バージョンから人々が徐々に興味が失うのにあわせ、後者の老衰バージョンが目につき始めた。自分も主に老衰バージョンに関心がある。どちらも加齢を気にしているものの、懸念のありかは違う。それでも「35歳」で「定年」という過激さが人々の心を刺激するのだろう。情報産業に広がる老いへの恐怖をとらえ、ふたつ一緒くたに扱われることが多い。

ガラスの天井説に従うと、35という数字にはそれなりの意味がある。数字自体はでたらめでも、事実上の求人年齢制限など人事的な慣習に従う人々が好む数字だから。ただしプログラマの雇用者が多様化するにつれ、ガラスの天井にかつてほどの力はなくなったとも思う。プログラマ、贅沢いわなければ年寄りにもまあまあ仕事あるからね。

老衰の文脈では35という数字にほとんど意味はない。老衰は連続的なものだし、そもそも35歳で限界を感じる人はまだ少ないと思う。世の中に35歳以上のプログラマは腐るほどいるし、そもそも普通の給料で働くなら定年までまだ30年くらいある。折り返し地点ですらない。だから35歳を乗り切ったところで大して励みにならない。老衰を気にするなら40代や50代の自分を心配した方がよい。ガラスの天井バージョンが決めた数字だとしたら、無意味なのは当たり前といえば当たり前。

にもかかわらず「35歳定年説」の響きが持つ強いミームは人々の認知を歪め、文脈によらずマジックナンバー35が過剰に意識されてきた。そのせいでされるべき議論がされず、かわりにFUDが跋扈している。

定年を煽りたい人々

ウェブを検索して定年説にまつわる文章を眺めてみる。賛否どちらの主張もそれなりに目につくけれど、ひとつ大きな傾向がわかる: 定年説を事実として扱う文章は、主に転職斡旋業者が運営するサイトに見られる。一方で定年説を否定しようとするのは、主にプログラマのブログなど当事者のサイトだ。

プログラマ自身の主張はあとで考えるとして、なぜ転職斡旋業者は定年説を認めたがるのか。今やキャッチフレーズ以上には身のないマジックナンバーを、なぜ所与の事実として扱うのか。

ひとつにはタイムリミットがあると話の都合がよいからだろう。定年説を所与とする文章の多くは、続けて暗にこう主張する: でも35歳までに手を打てば、あなたは定年説の惨劇から逃れることが出来ますよ。

スタートアップや外資系など技術で食っていけるとされる職場に移ろうという誘いもあれば、技術だけでない「上位職」に進める職場を探そうというものもある。様々な打ち手が示され、重力圏外で働く人々のインタビューや講演がページを彩る。どれも35歳という時限爆弾への不安をうまく使う。ガラスの天井由来の恣意的な数字が老衰の文脈でも意味を持つかのように語られる。

もうひとつ、転職産業自体が従来の雇用の慣習から強い影響を受けているせいで無意識にマジックナンバーを神聖視している面もあるのだろう。35という数字への畏怖が滲む。慣習の力は転職斡旋業者の責任ではないかもしれない。でもどうせなら慣習をスルーするロック精神を発揮してほしい。

Ageism

35歳定年説は日本固有のジャーゴンだけれど、テック産業の年齢差別自体は英語圏、というか米国西海岸にもある。みんな大好きHacker Newsを “Ageism”で検索すると山ほど記事が見つかる。コメント欄も炎上しがち。転職業者やプログラマのブログでなく総花的なニュースサイトを議論の発端とすることが多いのは定年説と違う。 “NY Times Silicon Valley Ageism” などと検索すれば、年に数回は何らかの形で話題にされていることがわかる。

報道には報道なりのバイアスがある。「実力主義で平等みたいな顔してるテック産業にも実は偏見や差別がある」といった論調が多く、老衰を気にするプログラマの関心からは少しズレる。けれどマジックナンバーの引力や転職斡旋インセンティブのフィルタと外すと発見もある。年齢による偏見を隠すために白髪を染め、不慣れなカジュアルウェアを纏う人々がいる。年齢差別をめぐり裁判を起こす人々がいる。失業した50代プログラマの苦悩がある。投資家から冷たくあしらわれる40代の連続起業家がいる。

私達プログラマ自身が語る定年説は、こうした多様性を捉えているだろうか。(この記事は続きものです: 2, 3

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