定年説をめぐって — 2.プログラマの語り

Hajime Morrita
To Phantasien
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4 min readFeb 7, 2017

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前の記事ではプログラマ以外の語る35歳定年説について書いた。プログラマ自身はこの話題をどう扱っているのだろう。ふたたびウェブを眺めてみる。

当事者たるプログラマが35歳定年説を語るとき、「ガラスの天井」バージョンへの関心は驚くほど小さい。みな「老衰バージョン」を気にかけている。多くの文章は、まず定年説の真偽を問う。そして様々な形でその信憑性を否定し、35を過ぎても仕事は続けられると結論付ける。経験を活かせばいい、さぼらず勉強すればいい、職場や業界での立ち振る舞いを工夫すればよい。

言うことはわかる。けれど少し滑稽でもある。既に書いたとおり、35は「ガラスの天井」バージョンの定年説から滑り込んだ意味のない数字だ。だからよほど適正や運が無いのでもなければ35歳周辺で能力的に引退を迫られることは稀。そして35歳定年説を語る文章がその先の30年について深く考える様子はない。でも35ならともかく50とかだとスーパースターでもない限り老化による体力や知力の低下はあるでしょ。さすがに。心配ないの?そこから10年いけるの?

これは「35歳定年説」というフレーミングの歪み、数字の引力が招いた不幸だと思う。定年までの長期的な展望について考えているプログラマが一人もいないとは思わない。そうした文章もどこかに少しはあるのだろう。けれどマジックナンバーのノイズが実りある議論を難しくしている。

非連続な変化

問題は定年説によるミスフレーミングだけではない。老衰を乗り越えたいプログラマに対するプログラマ自身の求めは、随分と画一的で乱暴だ。人生の振れ幅を無視している。

加齢にともなう老衰は連続的なものと書いたけれど、加齢は非連続な変化をもたらすことも多い。人は結婚するかもしれないし、子供を持つかもしれない。親が病気や痴呆になるかもしれないし、自身の持病が悪化するかもしれない。何年も全力を注いできたプロジェクトが失敗し勤務先が潰れるかもしれないし、ある日使命感に目覚め市民活動に身を投じるかもしれない。

こうした出来事はどれもプログラマとして使える時間や体力や経済的余裕を減らし、働き方や自己研鑽のオプションに大きく影響する。そして長い人生、いつか何かしらの変化はおこる。ある仕事でキャリアが行き詰まり河岸を変えようと思った矢先に親が病気になるとか子供ができるとか、結婚したり家を買った途端に会社が傾いてリストラとか、スタートアップに転職した翌月に不景気突入とか、わりとふつう。

プログラミング以外に何を抱えて生きているかは人それぞれだ。はじめからある個人差だけでなく、年をとることに差分がどんどん大きくなっていく。誰もがいつまでも若く自由なわけではない。けれど35歳定年説を語るプログラマの多くは自分の立ち位置を明かさない。その重要な前提ぬきに話を進められるとつい猜疑心が先立ってしまう。

プログラマとしてテクノロジを極めたいなら家事育児は嫁に任せろ、あるいは独身でいろ、親はほっとけ、趣味は捨てろ、家は買うな。こうした主張はありうる。しかもそれは技術投資の選択や職場での立ち振る舞いなんかより影響が大きいかもしれない。まずそれこそが語られるべきじゃないの。

語られざること

人生の選択肢について臆することなく語る人もいる。フリーランス・エンジニアにはそうした様子がよく見られる。選択に自覚的で、かつマイノリティとして声をあげたい気持ちが強いのだろう。

子育てエンジニア Advent Calendarなどプログラマやエンジニアが家庭について語る文章もある。定年説では促されていた時系列的展望を欠くのが惜しいけれど、意味のある議論だと思う。書籍Soft Skillsも生活や金銭について広く議論しており、真似したいかどうかはともかく参考になる。

一方で、著名なプログラマが技術や職業の外にある私的な選択について腹を割り話す様を目にすることはまだ少ない。今日のインターネットがまとう刺々しい空気の中で素直に自己を晒す億劫さはわかる。自分にとって大切なものをゴシップとして消化されたくない。Jessica LivingstonのいうThe Sound of Silenceはここにもある。でもさ。

明るい単純な話は、すればいい。生涯現役ハッカーが語るプログラミングの楽しさ。大規模システムのアーキテクトが語る成長譚。実はそんなに嫌いじゃない。夢がある。生活感がないなんて無粋は言うまいよ。

でもその華やかさに自己投影できるより、少し多く年をとってしまった。

だから今は、将来への不安を抱えながら日々をこなし一線に踏みとどまろうとする葛藤、プログラマとして生きる希望を掴みとろうと足掻く人々の声を聞きたい。

(この記事は続きものです: 1, 3

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